ミケーレ・デ・ルッキの六甲山リゾート

「ミケーレ・デ・ルッキ」は、イタリアフェッラーラに生まれ、1976年に「フィレンツェ大学建築学科」を卒業後、「スタジオ・アルキミア」に参加した。1976年には、「オリベッティ」社のデザインコンサルタントに就任し、 1981年イタリアンデザインのニュームーブメント「メンフィス」を結成した。「メンフィス」での成功により、イタリアの照明メーカー「アルテミデ」社、同じく照明メーカーの「フォンタナ・アルテ」社、プラスティック家具メーカーの「カルテル」社など多くの企業と組み活動をする。 1984年には、ミラノに「スタジオ・デ・ルッキ」を設立し、1990年にはプライベートブランド「プロドゥツィオーネ・プリバータ」を立ち上げた。そこを通してクライアントからの注文とは関係なく、イタリアの様々な分野の熟練した職人の技工を使い、彼が興味を持った素材や技法を使ったもの造りを開始した。現在は、建築・インテリア・グラフィック・照明・プロダクトデザインなど幅広く活動。イタリアデザイン界を代表する一人として国際的に活躍している。

その「ミケーレ・デ・ルッキ」が手掛けたのが、日本の神戸にある「旧・六甲山ホテル」の修復である。「旧・六甲山ホテル」は、1929年に開業し、居留地の外国人に愛され、2017年に閉館していた。設計は大正から昭和戦前にかけて、阪神間を拠点に邸宅やホテル、公共建築などを多数手がけた建築家「古塚正治」(1892~1976)氏の設計による。宝塚市の宝塚ホテルや、正司家住宅などが現存している。

今年の7月に修復が完了しオープンした「旧・六甲山ホテル」の「レセプション棟」である。

今回は少し離れたところに夜景の美しいグリルレストランも同時オープンした。

2020年には、池のほとりにカフェが完成する予定である。その後、2021年には、環状の低層2階建のホテルとスパが完成する予定である。

そして、コンサートホールや演劇のためのオーディトリウム、多目的ホール、教会、茶室など文化施設を備えた六甲山サイレンスリゾートの全体の完成は、2025年を目指している。

今回、オープンになった「旧・六甲山ホテル」の内部の修復も終わり、修復前にはなかった幻の階段が発見され、復現した。

階段を上がった旧館2階のアーチや梁・レンガも創業時のまま修復された。

3階のカフェテラスへの正面の階段は赤い絨毯をはがして、塗装仕上げとした。

3階のカファテリアの修復は、創業当時の低かった天井を解体し、創業当時からあったステンドグラスを活かすように天井を高くした。

この「旧・六甲山ホテル」修復工事は、相談した建築家や施工会社の中で唯一修復するべきだとの提案した「ミケーレ・デ・ルッキ」の「六甲山サイレンスリゾート計画」は、現在も続いている。

今回は、「六甲山サイレンスリゾート」HP及び、「「エル・デコ」、「カーサ・ブルータス」他を参考に紹介しました。

☆参考

                                    ○テーブルランプ「トロメロ」

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